『ゴロウじいちゃんの話:あのときの夏』……1

ジュンは夏休みのあいだ、K市のはずれの漁港の岬に一人で住んでいるゴロウじいちゃんと二人で暮らすことになる。ジュンは母さんと離れてくらすのは初めてのことであり、変わり者で頑固(がんこ)といわれているゴロウじいちゃんと2人だけで過ごすのは、何かこわい気もする……。
『ゴロウじいちゃんの話:あのときの夏』(作:近澤可也)から、終戦記念日8月15日にちなんで、太平洋戦争戦時下の子どもたちの話を抜粋してシリーズ投稿します。
『ゴロウじいちゃんの話:あのときの夏』……1

☺️近澤可也 作
<……ゴロウじいちゃんの小屋……>

K市の駅前から、郊外にある漁港にむかって単線のレールがのびている。日中は乗る人もすくなく1時間に1本の割合で、2両連結(れんけつ)の電車が行き来している。終点駅は昔ながらの小さな漁港だ。漁港をかこむように岬がのびていて、その反対側の先にはゆるやかに大きな砂丘が北東につづいている。砂丘は戦後しばらくのあいだは米軍の試射場(ししゃじょう)になっていたのだが、今はもとにもどって静かさをとりもどしている。
岬のつけ根にあたるところに少しばかりの平たい台地があり、小さな古ぼけた小屋がたっている。小屋には一人の老人ゴロウが住んでいる。あたりは松林だが、たえず海から吹きつけてくる風のため、幹も枝も一様にかたむきはいつくばっている。
小屋の下手は砂浜がながくつづき、夏には人々でにぎわうこともあるのだが、それもほんのひとときで、シーズンが終わるとおとずれる人もなく静けさをとりもどす。最近は、この小屋をおとずれる人はほとんどいない。ときたま漁港のある町から、郵便局の配達人が自転車をおしてのぼってくるくらいのもの。それも、1年にかぞえるくらいにへった。
夕日をあびてジュンがナップザックを背に風呂敷をさげ、小屋へとのぼる道を歩いていく。
ジュンは母さんと離れてくらすのは初めてのことでもあり、ゴロウじいちゃと2人だけで過ごすのは、何か怖い気もする。母さんはジュンを車で送るといったが、ゴロウじいちゃんはジュンが一人で電車で来るようにいった。

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