『ゴロウじいちゃんの話:あのときの夏』……11

『ゴロウじいちゃんの話:あのときの夏』……11近澤可也 作
<ゴロウの話Ⅸ:……8月15日終戦の日>

「最後に、8月15日終戦の日の話をしよう」。
幸い、ゴロウたちの街は焼けずにすんだ。

あれから幾日か後、昭和20年8月15日:重大な発表があるからと、町内会の人たちは通り向かいの自転車屋さんに集まった。

天皇陛下の声は、雑音が入ってゴロウには良く聞き取れなかった。独特の抑揚ある語り口だけが耳に残った。みんなキョトンとしていた。

誰かが言った。「負けたんだ!」

戦争は終わった。負けるはずがない神国大日本帝国が負けたのだ。

うそだ。そんなことはない。信じられない。だが、大人たちはいちようにおし黙って、うなだれている。ゴロウの全身の力が抜けた。頭の中が真っ白になった。何も考えることができない。戦争に負けた。勝つことを信じていた。そう叩き込まれていた。

それが、負けた――

空虚。むなしさ――
あの年の、あの夏の、あの空は青かった。ほんとうに青かった。澄みきっていて怖いぐらい…。二度とふたたび、あのような真っ青な空は見ることができないだろう…。
「涙がとめどなく流れた。とまらないんだ。泣きながら眠ると、よく朝、まぶたが開かない。涙が乾いて、まぶたを固く閉ざしている。

    ……そして、そう、あの時……家の奥、庭に面した座敷……高い熱がつづき、意識はもうろうとしていた……俺は一人蒲団にくるまっていた。

と突然、熱が引き始め、体が楽になり、軽くなり、立ち上がることができた。……空気がむしょうに甘かった。

    ……『助かったんだ、生きているんだ』……木の葉の緑がキラメイテ、透明になり、燃えあがった……空気の粒子が一粒一粒、粒だち、独立し、お互いに白色を放ち、金色を放ち、うごめきあっていた。それらが、何か、理解しがたい、でも、何か確かな意味をもって、厚く厚く俺の周囲をみたしていた。

その時、俺は感じたんだ『われわれと、あらゆるものが、実は、この地球の夢なのだ!……』と」

生きている喜びがゴロウの全身をかけめぐった。――

*   *   *   *   *
ゴロウは黙って、激しい息づかいで正面を見つめ、やがて目頭を押さえた。

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